「愛」について

2019年2月日こんにちは。

先日、思いっきり買い物を楽しんでしまい、今月カツカツの生活を送らないといけないはめになった吉田です。

 

「2019年になりましたね!」ってもう年明けて1ヶ月経ってるよ!って書きながら自分にツッコミを入れるくらいあっという間に2月になりました。笑

 

テストがあったので、blogをめっちゃサボってしまいました( ˙-˙ )

反省、、、反省、、、

落ち着いたので、今回は後期最期の授業で出された課題の「愛」について私なりの意見を書きます。

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結論から言うと私は、悲しむし、全くおんなじ人がそこに立ってるとしても、一回殺された彼女のようには愛せないと思います。

なんだろな、、、言葉ではうまく言い表せられないからモヤモヤするけど、「愛」は言葉ではすごく響きの良い言葉だけど、「愛」の感じ方だったり、捉え方は人それぞれにあってその数は無限だと思っています。

 

外見も中身もおんなじようにコピーされている。そのコピーが私は気に食わないです。

「愛」と言うのは外見だ!!っていう人からしたら別にどおってことないと思ってると思いますが、ヒカルという存在を愛しているという人からしたら、魔法使いが作ったコピーなんて倍に悲しむ要因にしかならないと思います。

「ヒカルという存在を愛している」

あれ??似たようなフレーズどっかで聞いたことが、、、

あ!!花男!!!

 

確か私の記憶が正しければ、道明寺(松本潤)が

『俺は、牧野という存在に惚れてるんだよ!!』とリターンズあたりで言っててキュンキュンした記憶があります。

まさに、私の愛に対する価値はコレ!!!コピーでもクローンでもない。

最初に愛したその人の存在自体に愛を感じているので、コピーを愛する自信もないし、愛そうとは思いません。

 

こんな感じです。伝わりづらくてすいません。

あ〜〜花男見返したくなりました。笑

でも今回の春休みは無駄な時間を1秒でも減らすような充実した時間を過ごして行きたいなと思います。

 

でわこのへんで